昨日は、たくさんの言葉の暴力で殴られました。
例の、話し合いという名の糾弾のお時間。
たくさんの正論や理屈で攻撃されました。
マシンガンの如く、私を責め立てる言葉に追い込まれました。
そして、私には自由などない事を思い知らされ、
いかに自分が脛齧りであり、穀潰しであるかを訥々と言われれば、
誰だって簡単に精神は崩壊してしまいます。
頭の中では父に責め立てられた言葉たちが、
ずっとぐるぐると、まるで呪いのように回りつつけています。
私に非がないとまでは、決して言いません。
そんな褒められた人生を、送っていない自覚があるからです。
だから責められること、気に入らないと思われることがあるのは、
自業自得ですし、致し方ありません。
ただ、全否定までされるのは違うと思うのです。
頑張っていることすら全て棚に上げ、全てが悪いように言い負かす。
私が体を壊して心を壊して、マイナスからのスタートで、
今現在死に物狂いでバイトをしている現状や経過を無視して、
いくら私に対しての不満が大爆発したからといって、
私の今までの人生を何もかも全否定するのは、
例え誰であろうと、どうであろうと可笑しい事だと思うのです。
ただ、昨日のことは私にとって「呪い」のような出来事になった。
今日もずっと頭を支配していたし、
バイトでヘトヘトな分、電車賃を奮発したくなったり、
「お腹すいたな」「何かおやつ食べたいな」と思っても、
その度に「お前には自由に使えるお金なんてない」と言われた言葉が、
棘のように刺さって取れなくて、ひたすらに苦しかった。
私の稼いだお金は、私が自由にできるものは本来ない。
生活費を両親から搾取しているから、
少しばかりの自由費があるように見えているだけであって、
本来自由にできるお金などないと自覚しろ、との話をされたのもしんどかった。
親の脛を齧っていることは実感しているつもりだったが、
そう言われてしまうと、更にしんどくてキツかった。
私の認識の甘さを痛感させられたし、
私が今現在、必死にがむしゃらに頑張っていることは、
側から見たら無駄なことなのかもしれないと、打ちのめされました。
私は自分の親のことを毒親だと思っているし、
他者からも言われたことあるが、全部が全部悪い訳ではないのが悔しい。
自分の存在を守るため、親を庇うような思考が働いてるのかもしれませんが、
全てが悪で染まりきっている人間はいないと、
私が思いたい・信じたいからかもしれないですね。
何を言いたいかわからなくなってきたので、今日はここまで。
今日から7連勤なのに、既に初日がカロリー高すぎてもうバテています。
残り6日間、無事に乗り切れることを祈るしかありません。